九州国立博物館に行く道すがら、太宰府の定番の梅ヶ枝餅を頬張りながら梅の枝を眺めると
つぼみはまだまだ硬く、枝の先にちょこんとついている物ばかりでした。


アフガニスタン展はまるでアクセサリーショップに来たような気になる展覧会でした。
キラキラしていたのは第三章のティリヤ・テぺという遊牧民の王族たちの
墓に埋葬されていた金の装飾品の細かい細工たち。

青緑色のトルコ石をハート型にして金で縁どった指輪や、
金でできた細かい細工をつなげた首飾りなど。
現代のお店にも売ってありそうなものもたくさん並んでおりました。
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ギリシャや中国、インドなど色々な文化の交差点のアフガニスタンには、
それぞれの場所からもたらされたものも多く、
しばしば「わたしは今どこの国にあったものを見ていたんだろう?」
と頭を切り替えられなくて、こんなふうになることもなかなかないので面白い体験でした。

バーミヤンの遺跡など内戦でたくさんのものが壊されてしまったイメージのあるアフガニスタンでしたが、
この展覧会でアフガニスタン国立博物館では収蔵品を秘密の場所に隠し、
十数年秘密にし、それが今こうして展示されているというのを知りました。

「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる。」
という会場にあった一文は、物が持つ歴史や、物から感じる自分のルーツを失くしてしまうと
人は宙ぶらりんになってしまうということの裏返しでしょうか。

過去をたどれるものがある、というのは人にとってとても大事なんじゃないかな、
というのを感じました。




そして4階の文化交流展示室へ。
「芦屋釜鋳物師の世界~中世鋳金の美と受け継がれた技~」
が4月17日まで開催中です。

釜を持ち上げてみよう、というコーナーが面白く、
下から釜を持ち上げるのではなく、釜の内側に両手を入れて手のひらに力を入れながら持ち上げる
体験ができました。
釜の厚みが少し変わるだけで、重たさが全然違うのにはとても驚きました。



九州国立博物館のぶろぐるぽに参加しています。
写真はぶろぐるぽからお借りしています。
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あっという間に一月も半月以上経ちました。
今年は短くても良いのでもう少し更新が増やせたらいいなと思います。

2016年の展覧会情報が載っている美術の窓2月号を頼んだので読むのが楽しみです。

とりあえず1月は福博の長谷部を見に行くのと、九博のアフガニスタン展に行こうと思っています。
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今年も色々と見ることが出来た一年でした。
また来年もてくてくどこかへ遊びに行きたいです。

それではみなさま良いお年をお迎えくださいませ。
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九州国立博物館 開館10周年記念特別展『美の国日本』に行ってきました。


お昼時は少ないかな~と思っていたら太宰府天満宮への参道は
いつものように修学旅行生と外国からの観光客で溢れていました。

それにしても人が多いのは七五三シーズンだったり
菊花展と秋の銘酒展も開催されていたせいでしょうか。
(今日は夜の七時ごろから更衣祭という衣替えの儀式もあるとか!)


参道にいつのまにか九博のミュージアムショップ(分館?)が出来ていたので
行く途中にちょっと覗いてみました。
来年の干支の猿に関するグッズや九博のグッズ、筆や紙などがあって
長居しそうだったのでとりあえず出て、梅ヶ枝餅を頬張りながら博物館へ向います。

パンフレットに大きく載っていた螺鈿の琵琶の展示は終わっていましたが、
遮光器土偶や火焔型土器など教科書に載っている作品が色々と展示されていました。


『龍首水瓶(りゅうしゅすいびょう)』は瓶にペガサスが描かれている珍しいものでした。
注ぎ口は龍の顔になっています。


『鉄樹』という現代アートのオブジェのような鉄で出来た木の枝もありました。
藤原秀衡の床飾りだったそうです。

『葦出絵和漢朗詠抄(あしでえわかんろうえいしょう)』は
絵の中にデフォルメされた文字が描かれているもので
読めないなりに字を目で追っていくと、たしかに絵が文字になっているものがあって、
発見できた時は嬉しかったです。


『不動明王三童子像』という3メートル近い大きな掛け軸も迫力がありました。

不動明王はよく制多迦童子(せいたかどうじ)と矜羯羅童子(こんがらどうじ)を連れているのですが、
この絵は矜羯羅童子の隣にもう一人居るのです。

誰だろう?と調べて見ると蓮華童子(れんげどうじ)という聞き慣れない名前が出てきました。
(長崎県の文化財のページへ)
検索してもなかなか出てこない蓮華童子・・・・・・。むむぅ、なにやつ。

二童子のどちらかというと紅い色した制多迦童子がカッコいいので目が行きます。



3階の文化交流室では
『田主丸コレクションの茶陶』
で素敵な唐津焼を見ました。

やきものが好きな方は文化交流展示室10室へGOです。


九博の第36回ぶろぐるぽ
に参加しています。
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JRの目白駅からバスで10分ほど揺られながら窓の外を眺めていると、
急な坂道を下った先にビルの群がちらりちらりと遠くに見える。

山手線に乗っている時は気付かなかったが、この街はかなりの高台の上にあるようだ。

バス停を降りて5分程度歩くと住宅街の中に木の茂った小道がある。
落ち葉を踏みしめて奥へ進むと白い建物が現れる。
細川家ゆかりの永青文庫だ。
もともとは仕事場として使われていた建物が今美術館となっているらしい。

前期の最終日の夕方4時ごろ、入場待ちの列で20分くらい並んでようやく中へ入ると
狭い館内に大勢の人がひしめいていた。

会場はまず4階へ上り、3階、2階と下って展示を見て回る。
1階には展示は無く、別棟に春画展のグッズや図録を扱うミュージアムショップがある。
(お土産を買うだけならチケットはいらない)。

展示室はどこも混んでいて、どこから見てもOKだというので
4階、3階をサラリと見て2階へ行き、また上の階へ戻って
さきほど見られなかった作品を見た。

春画のみの展覧会は永青文庫が日本初だが、
今年の夏、福岡でも浮世絵展の一室が春画でいっぱいだったことがある。

この展覧会を見てわたしは衝撃を受けた。
春画の入門本を持っていたものの、実際に見ると大きさや色の綺麗さに驚く。
それに本に載っているのはほんの一部で見たことが無い絵がたくさん並んでいたのだ。

大勢の人と生の春画を見るという体験は自意識過剰のわたしには辛く、
冷静に見ることなどできずに初めての春画鑑賞は終わった。


そして予習に予習を重ね、永青文庫である。

浮世絵展の一角に春画のための部屋が設けられていた福岡の展覧会とは違って、
最初から春画を見ようと集まった人たちというのは照れが無いのでよく喋るなぁというのが
展覧会を見ている時の印象だった。

たとえて言うなら温泉に来たら奥の方に混浴の温泉があったので、
せっかくだから入ってみようと入るのが福岡で
「今日は混浴の温泉に入りに行くぞ」と
目的意識をはっきりさせて温泉に浸かりに行くのが永青文庫の春画展だ。


会場内の何が違うのだろうと考えると、まず明るさが違う。
福岡の皓皓と照らされた広い展示室ではみな自分の表情を表に出さぬよう、
うつむくか目を合わせないようにするしかなかったが、
永青文庫は薄暗いのと人が多すぎるのであまりそういうことが気にならなかった。

たぶん、皆「日本初の春画展をみるぞ」と同じ目的で来ているせいもあるのだろう。

美大生だろうか、2人組や3~4人のグループで来ている若い人も多い。
春画は「濡れる」というイメージから転じて持っていると
火事よけのお守りになると思われていて、
月岡雪鼎の春画は特にそのご利益があるということで、
雪鼎の作品を持っているミカエルさんの美術館はもう4、5回火事を免れてるね!
と話している女の子たちがいた。

北斎の有名な海女と蛸の絵の前では書き入れを朗読する若い女の子2人組もいた。
蛸のセリフが面白いのでついつい読みあげてしまうのかもしれない。

女性の方が日本美術に詳しい男女のカップルは、
女性がくずし字を見て「昔も今も変わらないね」と男性に語りかけていた。


こんな風に何人かで絵を見ながらクスッと笑う光景と言うのも江戸時代にはあったんだろう。
それが展覧会で体験できているようで面白かった。


2階には豆判という名刺を一回り大きくしたような紙に刷られた春画があった。
組み合う二人の背景に空から降ってきたようなバラバラの向きの将棋の駒の作品が印象に残った。
(こちらは後期には展示されない。図録にはあり)。


1時間から1時間半くらい見るつもりで行くといいかもしれない。


永青文庫 春画展
2015年12月23日(水・祝)まで。

2016年の2月からは京都の細見美術館に巡回するそうです。
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京都国立博物館


『琳派誕生400年記念 琳派 京(みやこ)を彩る』


三人の描いた風神雷神図が京博に揃うのは2015年10月27日~2015年11月8日。
並べて見たかった三作品が揃うそうなので日帰り弾丸旅行で行ってきます。

国宝 風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 建仁寺 <展示期間:10/10~11/23>
重要文化財 風神雷神図屏風 尾形光琳筆 東京国立博物館<展示期間:10/10~11/8>
風神雷神図屏風 酒井抱一筆 出光美術館<展示期間:10/27~11/23>



『美の国日本』九州国立博物館
2015年10月18日~11月29日まで

前回のぶろぐるぽでチケットを頂きました!ありがたや!

螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)は10月18日から11月3日まで。
ということでこちらも期間内に行ってみたいところです。
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福岡市博物館 『大関ヶ原展』

2015年10月4日(日)まで


大関ヶ原展は歴史アレルギーのわたしにも分かりやすい、
一つのテーマに絞って掘り下げていくタイプの展示方法でした。

繰り返し名前が出てくる黒田長政(官兵衛の息子)と福島正則は覚えられたかと。

展示でだいぶ理解してきたところに関ヶ原の合戦の一日を映像で解説するコーナーがあって、
スムーズに頭の中に入ってきました。
島津はよくあの状況から退却出来たな~。

歴史嫌いの子にもお勧めの展覧会だなと思いました。

そして常設展で天下三槍の一つ、日本号とも対面してきました。
黒田家の家来の母里太兵衛がお酒を飲んで正則からもらった槍なんだなぁ!
これが黒田節の槍かぁ~!とすべてが繋がって気持ちが良かったです。


福岡市美術館
『肉筆浮世絵の世界』
2015年9月20日(日)まで


薄暗く、人いきれで蒸し暑く感じる展示室の途中に今日のメインの春画コーナーへの入口がある。

のれんをくぐってみると、
先ほどまでの明るさに慣れた目には明るすぎるほどの灯りの下、版画や肉筆画の春画がずらりと並ぶ。

混浴の温泉にでも入ったようだ。

人にはぶつからないようにしながら、人の顔は見ない。
でもなんだか和やかな雰囲気。

春画を見て面白いなと思うのは、そこでその体勢でするの?(馬の上や田んぼ)とか、
そのシチュエーションは現代ではあまりないけど(蚕のいる部屋とか)というようなところでしょうか。

現代とのギャップを感じたり、江戸時代も今と同じだな・・・と感じたりするのが面白いです。

良い紙を使ってたり絵師や彫師、摺師の技量も見所かと。

わたしはニヤニヤしないように、笑わないようにと意識しすぎて
さらに笑っちゃうを繰り返していました。
・・・・・・衣の模様など細かく見る心の余裕がなかった。


鳥居清長の「袖の巻」は横に長く細長い長方形の紙の使い方が珍しかった。
ネットのバナー広告みたい。
トリミングが大胆で、顔と下半身の必要なとこしか描いてないのに伝わるところが良かった。

明るい中、老若男女がみんなで艶っぽい本を眺めているのってすごい体験だなと思いました。


春画以外のコーナーでは
歌川豊春の肉筆画『観桜美人図』の
煙管につける火をもらおうと、近寄る女性二人の
目線としぐさにドキッとしました。

河鍋暁斎が描いた
『新富座妖怪引幕』もインパクトがありました。

縦4メートル×横17メートルの大きな布に、
太く荒々しい勢いのある線で描かれた我も我もと主張する妖怪たち。

お酒を飲みながら4時間で描いた・・・なんて書いてあるけど、本気にして良いやら。

それを見た後にちょこんと展示されている暁斎の『牛若丸図』の絵や
『五月幟図』の細かい所まで神経を行き渡らせて描いたような絵を見ると、
この技量ならあるかもしれないと思えるのでした。



どちらの展覧会も食わず嫌いの方にお勧めしたい展覧会だなと思いました。
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『マグリット展』

京都市美術館2015年10月12日(月・祝)まで

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昼ごはんを食べた後はマグリット展へ。
若い時から晩年までの絵が見られる初心者には打ってつけの展覧会でした。

空は昼間の明るさなのに、部屋の中や街の景色は夜という
『光の帝国』のシリーズのようなよく知られているマグリットは50代くらいからの作品で、
変なタイトルに意味はあるのかしらと思って解説を読むと、そうとしか言えないタイトルがついていました。

黒い帽子をかぶり、スーツを着た三人の男性が月を思い浮かべている絵がある。
『傑作あるいは地平線の神秘』

月と言われて、それぞれの男性がイメージする月はまちまちで、
同じものから引き出されるイメージが人によって違う。
それが絵で表されているところが「傑作」というタイトルに繋がっていくというようなことが
マグリットの言葉で語られていました。

理解出来ないと思っていた人の思考を覗いたら、
複雑ではあるけれど理解はできる言語で書いてあるぞ!と一気に親近感が湧きました。




『細見美術館アートキャンパス2015―きらきら・ほのぼの編―』
2015年9月13日(日)まで

マグリットの後は五分くらい歩いて細見美術館へ。

琳派や神坂雪佳、中村芳中などの絵が好きな方や、蒔絵の作品が好きな方ならぜひ。
この展覧会専用の図録は無いようなので、一期一会だと思って行くのが良いかと。




興福寺 北円堂特別開扉』

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2015年9月30日13:30~16:30(受付16:15まで)期間限定で公開中。
開いている時間も限定されているので要注意。

鎌倉時代の国宝、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像、四天王立像が
300円で拝観できます。北円堂自体も国宝なのだとか。

大妙相(だいみょうそう)菩薩像、法苑林(ほうおんりん)菩薩像も安置されています。

光の当たり具合で細部まで見えやすい仏像と見えにくい仏像がありますが、
時間帯によってはまたそれも変わって来るのかもしれません。

まぶしいなと目を細めていると、お堂の中を風が通り抜けていきます。
古くからある仏像も今生きているわたしも同じ空間にいるのが不思議な気がしました。




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猿沢池に映る五重塔。
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白鳳展が九時半からだったので八時半ごろ宿を出たわたしは、
東大寺の大仏殿を外からお参りし、お水取りで有名な二月堂に上り若草山を横目に進んで、
十時過ぎに奈良国立博物館に入りました。

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「東大寺大仏殿」


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「二月堂あたり」



わたしが行ったのは平日ではありますがまだ夏休み期間のせいか人も多く、
親子連れの姿もちらほら見られました。


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白鳳時代とは美術史上の区分で、七世紀前半の飛鳥時代との七世紀後半の飛鳥時代では作られる仏像の特徴が変わって来ることから、七世紀後半を白鳳時代と呼ぶのだそうです。

白鳳時代の仏像の姿は若々しい青年のような像や、
あどけない子どものような顔をした仏像など様々で、
優しい顔をした像が多いのが特徴です。




薬師寺の『聖観世音菩薩立像』は白鳳時代の掉尾(とうび)と呼ばれる
白鳳時代らしさを表す仏像の一つです。

若々しくハリのある肌と顔立ち、伸び伸びとした体格からは
五月六月ごろの新緑を見ているような爽やかな印象を受けます。

聖観音を薬師寺で拝観するときは背中の部分を見ることができないのですが、
展覧会では像の周りをぐるりと一周できるようになっていて、
横から体の厚みを見たり肩にかかる緩やかな髪を思う存分眺めることができました。

『阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)及び厨子』は厨子と中身が分けて展示されていました。

中身の方は土台(蓮池・れんち)背景(後屏・こうびょう)仏像に分かれており、
組み合わせて作られているのが良く分かります。

花托(かたく)と呼ばれる蓮の花が咲き終わった後にハチの巣のようにみえる部分に一体ずつ
計三体の仏像が乗っています。

花托につながる蓮の茎もストレートではなく少し曲がったようになっていて
味があります。

茎を固定するための台にはちょうどよい大きさの穴が開き、
背景の薄い金属製の板にも細かい模様が彫られています。

パーツごとに細かな細工が施されたこれらが組み合わされて
厨子の中に入っていたことが分かってとても満足でした。


昨日見た玄奘展に出てきた塼仏(せんぶつ・粘土板を型抜きして焼成したタイル状のもの)
もたくさん展示してありました。

玄奘ブームが日本にもあったらしく、それに関連するターバンを巻いた仏像も展示されていました。

奈良以外にも全国各地から集められた白鳳時代の仏像を一度に見ることができる
滅多にない機会だったので九州から足を運んだ甲斐がありました。


地下のカフェ葉風泰夢で1日20食限定で笛吹童子のチョコレートケーキも。
洋菓子店から運ばれてくるだけあって、本格的なお値段とお味でした!

コーヒーとセットで1300円~1400円くらいだったかと。
外はとろけるようなチョコ、中はチョコと抹茶のクリームで美味しかったです。

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白鳳展(奈良国立博物館のサイトへ)

『開館120周年記念 白鳳 花ひらく仏教美術』
平成27年9月23日(水・祝)まで



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側溝で涼む朝の鹿。
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九州から夜行バスに乗って降りたところは京都駅八条口。

まずは駅の中の九州には無い小川珈琲でモーニングをとり、
京都タワーの地下3階にあるタワー大浴場へ。

レトロな雰囲気の入り口を通り、改装したんだろうな~というきれいな更衣室で服を脱ぎ、
お風呂に入ったわけですが、周りを見渡すとみんな大学生くらいの女の子ばかり。

ツアーか夜行バスで来た御一行様なのでしょう。ヘアアイロン所持率が多くて驚きました。
少しでも物を減らしたい自分としては、若さというか女子力というものを見せつけられた気がいたしました。


さっぱりしたあとは、京都の街の中を歩きます。

東本願寺の横を通り西本願寺の敷地の広さに圧倒されながら駅から15分くらいで

龍谷(りゅうこく)ミュージアムへ。
『三蔵法師 玄弉 迷い続けた人生の旅路』展が開催中です。(2015年9月27日まで)


西遊記の三蔵法師のモデルになった実在の人物の玄弉(げんじょう)の歩みをたどる展覧会なのですが、
なんだかそれだけ聞くと堅苦しいイメージなので
わたしが興味を持ったきっかけの玄弉さんのプロフィールを見てみましょう。



出身地は中国 河南省陳留 洛陽近くの町

容姿性格など
身長七尺、色白、容姿は清らかで美麗。明瞭で上品な言葉遣い。声がいい。
交遊を好まず、一人で部屋にいることを好んだ。

玄弉さんの人柄を一言で表すと、「生真面目でストイック」。

(会場で販売しているリーフレットより)



もうこの容姿性格の数行だけで玄弉さんに興味津々です。
七尺というのは実際の背丈と言うよりは「偉大な人」=「大きい」というイメージから来るもののようです。
父親は八尺なのでちょっと小柄な様子。偉大な人も父親には敵わないということでしょうか。


玄弉さん……と軽々しく呼んでいますが、この展覧会は親しみを持ってもらおう、
一人の人としての玄弉を知ろうということで「玄弉さん」という表記の仕方をしていて、
そのお陰でわたしのようなミーハーな者も気軽に入ろうと思えたのでした。


西遊記のイメージは「冒険(アドベンチャー)」に尽きるのですが、
玄弉さんも二十六歳から四十四歳までの長いあいだ旅をし、
天竺から長安に経典を持ち帰ります。

帰国してからは持ち帰った経典の訳を亡くなる年の
六十三歳まで続けるという偉業を成し遂げています。

あれ?
日本にはいつ来たのかなと思ってリーフレットを詳しく読んでみても記述はありません。
玄弉さんのことを日本人もしくは、日本に渡ってお経を広めた方だと思っていたわたしは
とても驚いてしまいました。


翻訳は一人で行なったのかと思いきや、チームを組んでの作業で、
綴文(中国語として意味の通る文章にする)
証文・証義(言語の意味が間違っていないか確認)
など役割の分担があり、訳場(やくじょう)の総監督の訳主を玄弉さんが担当していたそうです。


訳場の話は小説などで読んでみたいくらい面白そうだなぁと興味がわきました。


思っていた以上に自分の知らないことばかりの展覧会だったので、
少しでも興味のある方は行くと新しい発見があるかもしれません。
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